空手のこと


 試合形式の誕生と、連盟の成立によって、世界の空手は著しく普及し、その人口は広義に解釈すれば3000万人ともいわれている。 無論、人数がそのまま価値ではないがこれを実際に行動し貢献したのは流派と町道場と学校のOB各個人である。 又、日本本州に空手が正式に伝わってから試合制度の歴史が半分を大きく越えるようになつてしまった。また事実、空手も見ようによっては大きく変わり、 試合を見るだけでは流派は判りにくく、試合の内容や技も大きく変わり、ここ6、7年素晴らしいと思える選手も少なからず現れている。組手の上では流派の壁は希薄になってきた。

 武道という言葉は江戸時代の末期に生まれたものであるが、これより更に500年ほど前の鎌倉時代に生まれた武士道との関連が深いことは間違いない。 空手に限らず格闘を以てする武術が武道かスポ−ツかという議論は長く続くわけだが、私達は学生時代には武道とは命懸けでおこなうものであり、 スポ−ツとは楽しむものというような教りかたをし自分自身も真剣に稽古を行うことを以てそのように信じ、又、思い込もうととする気持と自負を持っていた。 スポ−ツでは練習というが武道では稽古と言って朝から終日起居を正し、歩くにつけ座るにつけ敵を仮想するよう心掛け自らを律するよう心し、少し満足もした。 それが学生から社会人に移り日本にも世界にも、現在にも過去にも次第に目を開いて知りはじめるとスポ−ツも決して武道に劣ることなく真剣に練習に明け暮れていることを知る。 合理思想、現実主義的な面で感覚的に多少の違いがあっても観念的に異とするには当たらないと思うに至った。

 只、一般には現代日本には、武士道的或は武道的生き方は精神的にも思想的にも欠けるものがあり、日本固有の文化のひとつとしてこれらを心して持ち続けなければならないと思う。 近時十年ほど、日本で教育基本法(昭和22年3月施行)の問題点が特に指摘さけるようになったが、人間としての信義、 (律儀、侠気、嘘をつかない、約束を守る、など)物事を一生懸命やる、親に孝、正直、親切、勤勉、そして愛国、家庭愛、正義観、責任観などどれをとっても人間の第一の基本 であるべきものが欠け日本民族と国家の重要問題として甚だ憂慮される。

 尚、現行教育基本法の民主、平和、福祉、個性、創造、文化、正義、責任、自主、自発も共に重要であることに疑う余地はない。 要は、武道、スポ−ツ共に端的に一面で捉えるものでなく人間の基本的に持ち備えるべき要素を目を見開いて広く見る心掛けが重要なのだと思う。 私達は戦前から戦中に育った言わば戦中児であった。戦争経験は空襲しかなく実際の戦争の過酷さ凄惨さは知らず、戦後の書物や映画などでは徹底した戦争否定の内容が殆どだったが一方、 戦中は勿論戦後も戦争を純化し美化したものも少なくなくその影響を少なからず受けていたことは否定出来ない。私自身は戦後十年ほどは「日本という国の為に死ぬことが出来るか」 をいくらか真面目に考えていた。又、学生時代は自分の基本を「慶応義塾体育会空手部の為に」を先ず第一義に考え続けていた。それは自分が強くなること、部員皆を強くすることと考えていた。 そして部員全体に部を強く愛するようになってもらいたい。この二つであった。このようなことを書くのは卑近で失礼であるが日本にこんな時代もあったという事実を後の空手の人たちに伝えておきたいという 気持からである。そして又、その後現在まで空手部に多分に共通した純な心が繋がっていると信じている。立ち方では各流のものは残っているが、立ち方では高木さんが指摘されている通り、 前屈の後ろの膝を完全に伸ばしてしまうことが武道として、或は格闘武術として問題でないのか、後屈の後ろ足の足先を外に直角に向けること、 前足或は後ろ足の裏をかかとまで全て床につけてしまうこと等など、今一度既製の概念から離れてフランクに考えてみる事が是非必要である。 他方、引手の位置では、大先生は腰骨の位置であったが船越義豪(よしたか)先生(後記)は脇下の乳の横の位置を、慶應への出稽古でも主張し指導しておられた。 剛柔流では肩に力が入らぬ程度に胸横に向かって引く。 糸東流では腰骨の上。 和道流は若干腰骨より高い。沖縄の少林流も胸横である。 又、上記で解る事は余り細かく規定してはめ込まずに一定の基準を示して後は、各人の体の持ち味に合わせて、その判断に任せている。 全体的に立足の足幅を縦、横ともやや狭くすることが方向として正しいのではないか。

 以上がそれぞれ自ら流派を開いた方々の研究の結果であり、空手に対する基本的考え方である。

 立ち方で一つ不思議と思えるのが松涛館に猫足立ちがないことである。これは我々から見ても、受けに最も適切な立ち方であり、 受けのあと、体の移動にも、防御にも、攻撃にも最も適していると考えるが船越先生によって本州に伝えられることはなかった。 しかし、沖縄では昔から松涛館意外の全ての空手で最も基本的な立ち方の一つと考えられており、長嶺師の著書には、八字立ち、自然立ち、閉そく立ち、に次ぎ猫足立ちが四番目に説明されており、 「猫足立ちは昔から自然体立ちの動作と同じく重要視され、首里手、泊手、那覇手を問わず、これらの系統の形にも多くとりいれられている。 と記されて居り、猫足で行う前進、後退、転身の足捌きに足蹴り、拳突き、受け技を組み合わせて毎日の稽古に四、五分間基本鍛練として活用すれば、空手の妙味と自力の養成に大いに寄与するのである。 と。そしてこの鍛練こそ、角力の鉄砲行と剣道の打込行の稽古同様に最も重要なものであり、武道としての空手道を深く研究する者には見失ってはならない事柄である。」と書かれている。 私もこの考え方がよく理解できる。 勿論本州には宮城長順師、摩文仁賢和師、上地完文師達によって最初から伝えられている訳だが、松涛館空手では何故か伝えられなかった。 僣越ながら私は引手は、何処から何処へでも、即ち突きを行う時に引き手となる手の在る位置か、3センチ程度で十分と考えている。引き手は常に次の攻撃手となり、受け手となり、更にカバ−とならなければならない。 因に立ち方についても考えを申し上げれば、前屈は縦の歩幅を現在より狭く、前足膝は浅く、或は深く状況に応じて曲げ、後足先方向は極力前に向ける事が好ましいが極度に無理してまで前に向けることなく、 前方向を意識しながら置き、但し特に必要な時以外は45度以上には開かない。後足膝は軽く曲げ、必要に応じて真直ぐの場合を含めて曲げ角度の浅、深を本能的に必要に則して変化させる。 後屈は前足の裏は床に付けるか、状況によってはかかとを上げ腰をやや後ろに引き猫足の要領でふところを深くすることも必要であり研究の対象となる。但し、腰から上の上体を後ろに反らすことはしない。

 以上勝手を申し上げましたが、これはこれから試合制度に生きる人への意見であること。 第二に初期の基本を確り身に着けるべき時期は上記のいわばくずしたかたちに至る以前に初期の基本となる稽古を確実に行うことが前提である。 それは、やはり腰を落とし、突く瞬間には確りと引手を引き、肘を確実に伸ばし体全体を同時に決めて、先ず、決めの威力を覚え身につけること、足腰も鍛えるべき事と思う。 これら初期の基本となる段階の稽古は一般的目標として期間を2年間程度とし、以後は5〜1O分程度を毎日続ける。