空手のこと(形)


  空手の形は空手の特長の一つである。昨今、女子の形がしばしばテレビで紹介されるようになって友人から声をかけられることがある。それは新しい発見のようである。私もそこに美を感じ取ることが何度もあった。只、一つ残念に思うことは目線の移動である。時にフアッションモデルの方向転換時のそれを思わせるものがあって、つまり目線の方向を変える時に目を一旦上に向けてやや放物線を描くように目を移動しながら規定の方向位置に移す選手をしばしば見る。これが上位入賞者にやや多い。言うまでもなく次の焦点と方向の位置に最短の直線で移動しなければならない筈が気の緩みが出て一つのショ−のポ−ズとなっている。いずれにせよ一般の人が形の美を認め興味を持って下さることは歓迎である。やはり日本舞踊の手、足、頭の先から表情、体の全てとその移動の過程と決まりによってうちに秘めた繊細な情感が雅に表現される芸術に通じるものを空手の形においても仮想敵に対する真剣の勝負に入りきった動きのなかに見る者が入り込んで一体となった時、芸術を感じ取ることができるのだろう。斯くして形も芸術の域にはいる。いま一つ、それはやはり空手が格闘武術として強いという一般的認識の背景が必要である。この実力を維持し続けない限り形の一般からの評価も土台を失いかねない。 形というものの性格を考える上で二つのものがあると思う。

 これは、たまたま全日本空手道連盟(以下、全空連)が昇段審査の指定形について従来四流派各々二つであったものをこのほど二形ずつ増やして各流派四形ずつとすることとなり松涛館としては松涛同門会が全空連と対応して新指定形の案を絞り、その決定後に各挙動の詳細を詰めることとなった。2002年春の毎年行われる円覚寺での松涛祭以後、慶、早、拓、法、明薬、及び日本空手協会が協会の総本部道場に集まって形の勉強会を開きその作業を行って来たが、その間で協会が既に50年近く世界的に空手の普及、指導活動を続ける過程で形について貴重な経験を得た事を知った。外国人の弟子たちは一般に疑問を持ち、質問し、それが解明されるまでゆかないと納得しない性格が多く、こう受けたらこう動いてこう突く、と言っても、こう決まっていると言っても簡単に納得しない。弟子のなかには勿論熱心な人も、また将来道場を持ってプロになろうという人も少なくなくそれらは更に熱心である。これを繰り返すうちに彼らの意見が理論上も実際上も正しいと思えるものが現実に出てくる。これらを協会の判断と意志で変えてきた、ということであった。そしてその具体的な例も協会の植木八段、専務理事が二、三、実際に組手にして説明してくださった。 この1月(2003)協会の中原会長さんから電話があり協会の本部道場で鏡開きがあるのでいかがですかと誘われて伺い挨拶を頼まれて私は「協会さんが長い海外での指導の過程で貴重な経験をされた」と上記の実際上の観点から形を修正に及んだことを話し、更に「近年、種々の格闘競技が広く紹介されているがこれらに勝つ意識を持って空手の研究、工夫をより積極的に進めて欲しい」と挨拶した。実は二年程前、恐らく世界一と思えるこの協会の新道場の道場開きに招待され、乾杯の音頭を頼まれたとき「近ごろk−1など種々の格闘技が日本でも盛んに行われるがこれらに負けない意識を持って稽古を積んで下さい」と挨拶し前回は「勝つ意識」と言えなかったことが心残りだったが今回は勝つと言った。

 いま一つの形の観点で、船越先生から教えて頂いた通りのものを忠実に守り通す考え方である。「慶應は本州で最初に船越先生から直接形のご指導を受け、本州では最も古い空手の実績を持つ。今日まで忠実に之を守って来たという自負を持っている。」と私は昨年の協会の道場での松涛同門会の形の勉強会で話した。 上記はともに立派な価値を持っていると私は思う。勿論正直に二つの考え方に正当性を思う。琉球で空手の形が造られていった時代、造った方々は「唐手」以外は御存知なかったかもしれない。ボクシングの試合も見たことがなかったかもしれない。形の根本である仮想敵を当時はは唐手以外を考えることは不可能であったろう。

 時代は移る、進歩か退歩か変わらずか、そして環境も変わる、新しい格闘技がいろいろ現れていることは間違いない。空手が武道であれスポ−ツであれ、種類としては格闘武術であり又、護身術である。新しい武術が生まれこれからも少しずつ変わったものがいろいろと生まれてくることであろう、そしてやはりこれらに負けるものであってはならないと思う。研究と工夫は稽古の鍛練とともにし続けなければならない。

 私はふとこんなことをおもうことがある。若し今、ボクシングやk−1その他を良く知った空手の大家が居て、空手の形を造ったらどんな形を造るだろう。不真面目なようで真面目な大変関心事である。