福沢先生の独立自尊について
これは少し前に慶應義塾体育会空手部が発行する「拳報」に記載したものの要約であります。 『改めて独立自尊とはなにか、と問われると必ずしも直ぐに答えにくいのではないか、縁あって慶應義塾に学びながら若しこれについて考える機会もなく卒業すれば誠に残念なことだ。それはOBにも一端の責任がある。僣越ながら極く凝縮して私見を申し上げる。
之を語る上で避けて通れないのは当時の日本の歴史的背景である。第一に徹底した封建制度の階級社会で主君、上司に対する絶対的忠誠が強いられ個人の尊厳や人格の独立を自ら抑える事がむしろ美徳とされていた。第二に欧州の列強が軍事的にアジア諸国を侵略し国家と国民の基本的権利である独立が侵され大きな不幸と悲劇を生んでいた。他面欧米との文明の差(ここでは米国も)が経済、産業、技術、社会の諸制度共に比較し難い状態であり、とりわけ決定的な差は国家体制が言論と思想の自由に裏付けられた民主主義体制であった。
国家の独立と体制の如何が永い将来にわたってどれほど国民の幸福と発展に影響するかは説明を要しない。先生は幕末及び維新直後重ねて欧州各国と米国を長期に視察されあらゆる制度、思想、人の生き方、考え方を調査され驚きそして学んだ。旅の途次今の中国、アフリカの現実が欧州各国に侵されている事実に驚き、斯かる悲劇を近い将来日本が被ることなきよう、先ず日本人の封建的階級意識の打破と教育の絶対的必要性を強く悟り之の実践に生涯を捧げられたのだった。
封建性は目上が言えば例え間違えでも馬鹿なことでも絶対的忠誠を以て従はねばならない。それが道徳の基本と考えられていた。「封建性は親の敵にて候」と当時としては最も激しく表現している。そして人間が全て平等であることを「学問のすすめ」の第一巻の冒頭に「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといえり」と記して出発点とし、人間が本来平等であり、平等が人間社会の原点であることを先ず明記し自覚を明確に求め(但し機会の平等であって結果の平等ではない)更に国家の独立と国民一人一人の人格の独立が夫々の意識と意志によってこそ守り築かれるものであることを諭し「独立の気力なきもの国をおもうこと深切ならず」と。当時はそれ程に国と個人の独立が切実な問題だったのである。
因に自由と言う言葉について私は、自らの意志によって生き、自らの責任によって生きる事。つまり自らによって生きる事と考えているが当時はこの文化の違いを理解するのに時間を要したことだったろう。
先生がいかに平等を実践されたかを示す一例として、二十年程前、確か日経新聞で日本の男女同権協会の会長が「福沢諭吉が日本に於ける男女同権の最初の人でありその内容は似非(エセ)でなく本物の第一人者であった」と書いてあったのを読み、以前から女性に潔癖であったことは聞き知っていたが驚き感動した。
先生はこのように「独立自尊」を社会的進歩の為の指導理念として築かれ、実践され、あらゆる視点から国と国民と更に人間の為に生涯を通じて教え諭された。後に多くの内外の歴史学者、思想家が福沢諭吉を近代日本に最も影響を与えた人物と評したのである。今改めてそれ等が封建時代から明治維新の頃であったことに驚きを禁じ得ない。
「注」「学問のすすめ」全十七巻は合計発行部数三百数十万部の超ベストセラ−で、当時の文盲率、流通、向学心、三千万の人口などからして見れば正に驚異的発行部数であった。又、別に「西洋事情」も共に有名である。以上』
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