はじめに
空手の由来について幾つかの本を読んでみたが、総じてその内容が琉球に伝来以後のもので資料収集には、特にそのシナ時代についてはさぞ御苦労されたであろうと想像された。
かねてより私もシナ時代の空手の由来について系統的に書かれたものを目にしたことがなくそれ故に、容易にそのご苦心が想像出来たのである。物語的なものか、或は時には断片的にもならざるをえないはずとも思える。そのような次第でこの時代の空手を系統的に把握することが困難に思われた。一方又、琉球時代においても空手に関する資料は戦災もあって、戦前のものは誠に少なく空手の歴史として書くには大変こころもとないが、今私がそれらを調査してゆくことは無理と考え頭記の趣旨の中でそれぞれ先達の方々の書物を元に微力ながら試みてみることにしたいと思う。
[注} 現在の中国は、過去、国名が数多く変更されてきており、且つ過去に、現行の中国に類する国名がなく、元慶応義塾塾長であった小泉信三先生が昭和41年(1966)岩波書店から発行された「福沢諭吉」が全て過去の中国を「シナ」として表現されていることに習って時代をその当時の国名で特定する場合以外は、一つの国名で表現出来ないので以下シナの表現で、又、年代についての数字は西暦で大体統一する。
この「シナ」とは、紀元前223年始皇帝によって始めて統一されて出来た秦国の発音からくるものと言われており、始めはインドの仏典に現れ後にヨ−ロッパで広がり、日本では江戸時代中期から呼ばれはじめたと言われている。何時、何処からか「支那」の字が用いられ、前後して「シナ」「China」と呼ばれるようになったのではないか。
「イングランド」(英国)を「イギリス」と呼ぶようになったことと共通するように思われる。只、現在の中国を「シナ」と呼ぶことは正しい国名「中華人民共和国」があるので、これは不当と考えなければならない。
シナで空手がどの時代に起こったかについては、当然のこととして、それぞれの調査によるそれぞれの時代検証、見方、考え方、その他あの広いシナでしかも4000年を越える歴史の中で、かつ記録の整備が不備であること、更に、多くの国の歴史の中で多くの格闘武術の初期的段階が自然発生的に生まれ、いろいろな経過を経て進化してゆく過程で、例えば空手として、その武術的形態の中から、それをどのあたりからを今の空手の発祥期の範疇として考えるべきなのかなどなど難しい問題である。これらは画一的に定義できる問題ではなくその結果は人の考え方、調査のしかた、などによって多くの見解を生む。
以上のところから、本文は空手の琉球伝来以後から極力諸説を披露しながら信憑性を基本にした観点から記述して参りたいと思う。
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